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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)274号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 武蔵保信

右訴訟代理人弁護士 春木利文

被控訴人(附帯控訴人) 千安芳野

右訴訟代理人弁護士 佐藤幸司

同 久保田寿一

主文

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  附帯控訴に基き、控訴人は訴外千安実美に対し別紙目録記載土地の持分三分の一につき昭和二五年八月三〇日売買による所有権移転登記手続をせよ。

4  控訴人の反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は第一、二審を通じ、本訴・反訴とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文第一、二項同旨ならびに「被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載土地の持分三分の一につき所有権移転登記手続をせよ。控訴人が同土地の所有権を有することを確認する」。との判決を求め、被控訴人の附帯控訴につき、「被控訴人が当審において新たにした請求についての訴を却下する。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却・反訴請求棄却の判決を求め、附帯控訴に基き主文第三項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出・援用・認否は、左記のとおり付加するほか、原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴人)

被控訴人は、首位的請求として中間省略登記手続の履行を請求しているのであるが、控訴人より亡千安実美(被控訴人の夫)、同人より昭和三七年七月一三日川本忠臣(亡実美と被控訴人との間の実子)、同人より昭和四三年一二月一三日被控訴人に順次譲渡された別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)の持分三分の一の中間省略登記については、中間者である亡実美及び川本忠臣が同意しているのであって、控訴人はその中間省略登記がなされるのについてなんら不利益を被るものでない。仮に中間省略登記請求が許されないとしても、千安実美は、昭和四三年一二月七日死亡し、その妻である被控訴人、その子である千安和臣(長男)、川本忠臣(二男)、千安義臣(三男)が亡実美の共同相続をし、被控訴人の相続分は三分の一であって、亡実美の控訴人に対する本件土地所有権持分三分の一の移転登記請求権を相続している。したがって被控訴人は、右持分三分の一につき控訴人が亡実美に対し昭和二五年八月三〇日売買による所有権移転登記手続を履行することを求める次第である(予備的請求)。

控訴人主張の各抗弁事実及び反訴請求の原因事実は、いずれも否認する。右抗弁は、故意または重過失により時機におくれてなされたものであって、訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下せらるべきである。

(控訴人)

一、被控訴人は、当審昭和四八年一二月一四日の口頭弁論期日に新たに予備的請求をしたが、首位的請求とその請求の基礎に変更があり、このような訴の変更は許さるべきでない。仮にそうでないとしても、被控訴人は、その後の昭和四九年一月一七日附帯控訴の申立をし、これに基き、重ねて前記予備的請求についての訴を提起した。後者は前者と同一であり、不適法な訴として却下を免れない。

二、控訴人の反訴請求の原因、及び被控訴人の主張に対する控訴人の認否・抗弁は次のとおりである。

本件土地は、もと押部谷地方のいわゆる伊勢講五人衆が共有していたものであるが、伊勢講は本件土地に生立する立木を、同地方の木出し親方連中ないし山連中といわれる者に売渡し、買受けた数名の山連中が伐木販売していたが収支つぐなわず、中途でこれを取止め、山連中の一人である川本秋治が本件土地をこれに生立する立木とともに代金約一万二〇〇〇円で買受け、二、三年管理していたのである。そして川本秋治は昭和二五年八月三〇日かねて控訴人より借受けていた貸金債務元利合計五〇〇〇円の支払に代えて本件土地をこれに生立する立木とともに控訴人に譲渡し、それ以来控訴人は本件土地を所有・占有している。同日控訴人は千安実美に対し本件土地に生立する立木のみを代金四〇〇〇円で売渡した。当時一般に燃料が不足しており、薪にするための立木の需要は多かった。立木を除いた本件土地を買うような者はいなかった。控訴人の千安実美あての右立木の売渡証は、「山林売渡証」と題されているが、押谷部地方では地盤たる山林を売買する事例が少なく、同地方の慣習では、立木の売買は山林の売買といわれていたので、右「山林売渡証」は「立木売渡証」の意味である。つまり、控訴人は千安実美に対し本件土地に生立する立木のみを代金四〇〇〇円で売渡した。千安実美はその際内金二〇〇〇円だけを支払い、立木の約二分の一を伐採したが、その約三年後残代金の支払ができず、同人と控訴人は右売買契約を合意解除した。仮に控訴人が千安実美との間に本件土地を売買する旨表示して契約したとしても、控訴人の内心の意思は「立木」の売買であったから、意思と表示とが合致せず、契約の要素に錯誤があったのであって、右売買契約は無効のものである。仮にそうでないとしても、控訴人は、前記のように昭和二五年八月三〇日川本秋治より本件土地を買受け、それ以来所有の意思をもって、これを占有しているものであり、占有の始め善意、無過失であるから、それから一〇年を経過した昭和三五年八月三〇日かぎり、本件土地所有権を取得時効により取得したものである。控訴人は本件土地の近くに居住しており、毎月一回はその見廻りをしてこれを管理している。

以上の次第であって、控訴人は本件土地所有権を有するところ、被控訴人はこれを争うので、控訴人がその所有権を有することの確認を求めるものである。さらに、現在、被控訴人は昭和四五年四月二一日売買を原因として、川本和三郎より本件土地の持分三分の一につき所有権移転登記を経由しているけれども、前述した理由によりその登記は実体に符合しない無効のものである。そこで、控訴人は所有権に基き被控訴人に対し右持分三分の一につきその抹消登記に代えて所有権移転登記手続の履行を求めるものである。

証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。すなわち、明治年間神戸市押部谷町高和に居住する川本仁左衛門、川本与市、武蔵常吉ほか数名の者が親睦を目的とする伊勢講と称する集りを作っていたが、これら数名の者が、共有する不動産のうち、本件土地(山林)につき、明治二六年九月一九日川本仁左衛門、川本与市、武蔵常吉三名共有の所有権取得登記がなされた。伊勢講は、本件土地に生立した立木を伐採処分した代金等をもって飲食等を共にしていた。昭和二二年か二三年頃伊勢講の共有者等は、川本秋治ほか数名の、農業の傍ら立木の売買をもする者、いわゆる山連中に本件土地を、これに生立する立木とともに、代金一万二〇〇〇円で売渡し、山連中はその後大部分の立木の伐採処分をしたが、結局採算が合わず、残りの立木と本件土地を代金四〇〇〇円で川本秋治に売渡した。川本秋治が買受けた時は、すでに本件土地の立木のうち取引価値のあるものは伐採されており、残りの立木は石数で計るほどのものはなく、その価額はせいぜい右代金額の一割程度であった。川本秋治は、その二、三年前控訴人より四〇〇〇円を借受けていたので、昭和二五年八月三〇日控訴人に対しその支払に代えて本件土地を譲渡したが、即日控訴人は被控訴人の亡夫千安実美に対し本件土地を残存した立木とともに代金四〇〇〇円で売渡し、その代金額の支払を受け、本件土地(山林)を千安実美に引渡した。千安側では、その子の川本武臣も本件土地を管理しており、その約一〇年後本件土地に杉苗を植えた。昭和三七年七月頃千安実美は、千葉に住む妹宅に身を寄せたが、その後病気となり昭和三九年押部谷高和に戻り、昭和四三年一二月七日死亡し、その妻の被控訴人、子の川本忠臣(川本貞治の養子)らが遺産相続をした。これより先、千安実美は昭和三七年七月頃千葉へ赴くに当り本件土地を川本忠臣に贈与し、その後同人はその持分三分の二を母の被控訴人に贈与した。以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

控訴人は、前記売買契約は要素に錯誤があると主張するけれども、控訴人は前記認定のように取引価値の少ない残存立木とともに本件土地(山林)を、川本秋治から同人の控訴人に対する貸金債務四〇〇〇円の弁済に代えて、譲受け、即日これを代金四〇〇〇円で千安実美に売渡したものであって、売買の目的物についての控訴人の内心の意思は、本件土地及び右残存立木に向けられていたものといわねばならない。したがって意思と表示との不合致はなく、控訴人の右主張は採用に値しない。

控訴人は取得時効により本件土地所有権を取得したと主張するけれども、前記認定のように、控訴人は昭和二五年八月三〇日本件土地を千安実美に引渡しており、それ以来千安側でこれを管理占有しているのであって、控訴人が所有の意思をもってこれを占有しているということはできない。したがって控訴人の右主張も採用できない。

してみると、控訴人は本件土地を亡千安実美に、実美はこれをその子川本忠臣に順次譲渡し、忠臣はその持分三分の二を被控訴人に譲渡したものというべきである。そして≪証拠省略≫によると、前記武蔵常吉は本件土地の持分三分の一を有していたところ、明治三六年九月一三日武蔵藤助が家督相続によりこれを取得し、ついで昭和二九年七月二五日相続により控訴人と武蔵きわがそれぞれ持分九分の二と九分の一を取得し、昭和四〇年一〇月七日相続により控訴人がきわの持分九分の一を取得し昭和四二年八月一日その旨の登記がなされ、現在登記簿上控訴人の持分は三分の一であることが認められる。ところで、被控訴人は本件土地所有権(持分三分の二)に基き、中間の前記亡実美及び忠臣を省略し、直接控訴人に対し三分の一につき所有権移転登記手続を求め(首位的請求)ているものであるが、既になされた中間省略登記は格別、これを積極的に請求するについては、譲渡人(甲)、中間者(乙)及び譲受人(丙)三者全員の同意がなければ許されないと解すべきである(最判昭和四〇・九・二一民集一九巻六号一五六〇頁)。控訴人がこれに同意をした事実を認めうる証拠は何もない。してみると被控訴人の首位的請求は理由がないものというほかはない。

そこで進んで、被控訴人が当審で新たにした予備的請求について検討することとする。まず控訴人は、予備的請求は、首位的請求と請求の基礎を異にするものであると主張するけれども、いずれも控訴人が亡実美に対し本件土地を売渡した事実を共通するものであって、当事者双方提出の攻撃・防御方法はほとんどこの争点に集中されているのであり、請求の基礎に変更はないものというべきである。控訴人の右主張は採用できない。次に控訴人の二重訴訟の主張について考えてみる。なるほど被控訴人は、当審においてまず予備的請求についての訴を提起(請求の追加的変更)し、ついで附帯控訴の申立に基いて同一の予備的請求についての訴を提起したものである。思うに、第一審において勝訴した原告(被控訴人)が、控訴審において訴の変更をなし原判決よりも有利に、つまり被告(控訴人)に不利益に原判決を変更することを求める場合は、附帯控訴の方式によることを要するものと解するのが相当である。したがって被控訴人が当初に申立てた予備的請求についての訴の提起は瑕疵があり、したがってこれを無視するべく、後に附帯控訴の方法でなされた予備的請求についての訴の提起において、瑕疵が補正されたものというべく、後者の訴の提起は適法であるといわねばならない。控訴人の右主張は採用することができない。

前記認定事実によると、控訴人は亡実美に対し本件土地の持分三分の一につき昭和二五年八月三〇日売買による所有権移転登記手続をなすべき義務があり、他方被控訴人は亡実美の妻であって、相続分三分の一を有する相続人として、亡実美の控訴人に対する本件土地持分三分の一の移転登記請求権を承継取得したものというべきである。控訴人は右登記請求権は時効により消滅したと主張するけれども、所有権に基く登記請求権は所有権と同様に消滅時効にかからないものである。控訴人の右主張は採用できない。そして、およそ相続人による被相続人名義の登記申請は、法(不動産登記法四二条)の要請するところであり、登記権利者側の共同相続人の一人からの申請も許されるといわねばならない(民法二五二条但書参照)。すると、控訴人において被控訴人の被相続人亡千安実美に対して、本件土地持分三分の一につき、昭和二五年八月三〇日売買による所有権移転登記手続の履行をなすことを求める被控訴人の予備的請求は理由があるものといわねばならない。

他方、前記認定によると、控訴人は本件土地所有権を有しないものといわねばならない。したがって控訴人の反訴請求はいずれも理由がないというべきである。

そうすると、前記判断と異る首位的請求についてなされた原判決は失当として取消し、当該請求はこれを棄却するべきであり、被控訴人が当審で新たにした予備的請求はこれを認容するべく、控訴人の反訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条八九条九〇条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 阪井昱朗 宮地英雄)

〈以下省略〉

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